※取扱い説明書※


以下のコンテンツをよく読み、なまら用法用量を守ることを誓ってから本文にお進みくださいゴルァ(#゚皿゚)凸

① お蔭様をもちまして我が次男もCHOSHO野球部を引退できましたので、今後は我が家族の備忘録のみとなりそうなオカーソです。

② が、相変わらずCHOSHOでガンガった仲間たちとのこれまでの軌跡は削除しませんので、それらの記事に対して何かしら問題を感じた場合(例:「アタシの取り扱いが小さい」「ヲマイらボケナス杉」「そもそも美化しすぎ」等)におきましては、
  その文責はすべて管理者の西澤盛人にありますので、
  もしかしたら実在する登場人物やその関係者に直接問い合わせることはご遠慮ください。

追記:我が愛すべき長女が、大町岳陽高校の野球部に入部いたしました。

「祝」

という事で今後は我が大町岳陽高校野球部の応援を主にやっていくものとなるかと思います。

  苦情や質問などはすべて管理者が対応いたします。
   fivechilds☆gmail.com
  上記のアドレスまでE-mailでお送りください。


◆管理者プロフィール

氏名:西澤盛人(ニシザワモリト)
住所:緑と雪と温泉のふるさと、小谷村
年齢:52歳(R2年6月11日現在)
職業:もう完全に代表して取締られ役ケテー
バディ:身長178.6㎝(不変) 体重75㎏
家族:右欄「Crew that both I and fate」を参照
特技:子作り 凸(封印)
趣味:子育て 凹(現役)

2024年1月1日

#1763 総括2023。

 年末もすっかり越えてすでに新年。下書きまではしたものの大晦日当日は心臓の調子も思わしくなく午後8時には就寝してしまった2023年でしたので、新年早々にアップしようかと思ってはいたものの相変わらず心臓不調でアップもできず、近所を車で走行している間に北陸方面で大地震。ここ小谷村も結構揺れたようですがその瞬間を自分が体感することはできませんでしたが、今現在すべてのテレビが地震報道一色で2024年の年明けは結構ショッキングな幕開けになりました。

 ということで下書きを投稿。今年もお世話になります。

 いよいよ年末。とはいえ例年になく暖かな毎日に、生活するには非常に楽ですがスキー産業で支えられているこの地域としてはもうちょっとまとまった雪が欲しいところか。

 さて恒例今年のヲレ的恒例、総括反省会。

 長女の瑞姫は(予定通り)大町岳陽高校を卒業させていただくことができ、廣やんの住む新潟市にほど近い三条市の市立専門学校で看護師としての学びを始めました。
 学費は何とかするにしても、双子の下宿生活にお金がかかる今、彼女の生活費まではとても面倒見切れませんが、ありがたいことに大町市立総合病院から卒業後に勤務することを条件に毎月奨学金を戴くことができ、充実した毎日を過ごさせていただくことができています。ありがたや。
 学校による研修などでは提携先の新潟市の病院などに配置されることもあるようで、廣やんのアパートにお世話になったりしながらその病院へと通わせていただくなど、兄弟が多いことでようやくメリットらしいことも感じられる状況になってきました(廣やん、すまん)。
 3年間の学びをきちんと遂行し、国家試験も採用試験も合格しなければ、金利をつけて返済しなければならない奨学金制度であることに一抹の不安を感じつつ、それでも自分で決めた道へと進む瑞姫を家族として支えていきたいと思います。

 穂姫、愛姫ともに下宿での2度目の冬を迎えています。ともに別々の高校野球部でマネージャーとして活動する中、それぞれに後輩もでき、また夏大が終わるといよいよ最終学年としての最後の一年間に入り、日々部員たちの活動を支える日々のなかで、おそらく高校生活を終えて社会に出たときに役立つ大切なものを徐々に身につけている様子を、週末ごとお弁当と食事を届ける傍らで強く感じています。
 先輩たち世代の最後の夏を、それぞれが甲子園へと進むことはできませんでした。また、新チームとなっての長商、長野西ともに秋の大会では県大会まで進んだものの、長商は初戦敗退。長野西も2回戦敗退と、北信越大会へと進み上位成績を収めることで出場を成す春の選抜大会に出場する機会はついえました。それでも両校ともに県大会まで進む中で、私たち両親としては非常に忙しくも楽しい秋の日々を過ごさせていただけたことに、両校の指導者や支えてくださる方々に心より感謝です。
 双子たちに残るはいよいよ夏の選手権。この冬を越え、成長した選手たちがどこまでその夢に近づくことができるか、そしてマネージャーとしてどこまで近づくことを支えられるか。
 当初描いた夢に向かい、頑張る選手たちを精一杯支えながら、最高の夏を迎える準備を全力で進めつつ日々を送れますように。
 また、先日の三者懇談では学習面でのご指摘を(特に大学進学者がほとんどを占める愛姫のほうでは)いただきましたが、健康第一。学びは深めるに越した事はありませんがどうしたって大学進学を支えるだけの資力がない家庭としては、よりよい就職先を得るために、そしてその職場で周囲の方たちに迷惑をおかけするようなことがないように職責を果たすだけの能力だけはつけてもらいたい、と願っています。

 瑞姫に良い様に使われている新潟の廣やんは、相変わらず海保での勤務に精進の毎日。北海道から九州までヒコーキに乗り、ご当地グルメを味わってるだけのオイシイ仕事かと思いきや、海難事故や大波などで攫われ流されお釈迦様となられた方たちのご遺体を回収し、検証する仕事などで心折れることのほうが多いらしく、例によって辞めたい辞めたい病も徐々に発症する様子も垣間見つつ、しかしここで辞めたらおまいまた税金ドロボーやぞ、という親からのプレッシャーに押しつぶされそうになりつつどうにか前を向く日々を過ごしている感じです。
 石の上にも三年。海自で頑張ったようにここでもまずは頑張り、ドロボーと呼ばれることのない将来を送れるようにこれもまた願っています。

 長男裕貴はこの秋晴れて運転手となり、今月からはいよいよ教官同乗の訓練も終えて一人前の運転手となったことを聞きました。年内には一人での運転になる、と聞いた秋に、同じくこの秋で社会人野球を終えると聞いた、裕貴の同級生でこれまで一人頑張ってきた酒井の引退大会の応援に京セラドームへと出向き、帰り足で立ち寄った尼崎線の事故現場に造られた慰霊施設で息子が同じ過ちを決して起こさぬ事、このような事故がまた起きることのない様に祈念させていただきました。
 多くの命を預かっていることを忘れず、まずは安全第一で日々の運行にあたるよう願っています。

 母は明けて4月が来ると87歳。恒例となって受けた癌の手術や治療の影響も比較的最小限で元気この上ない日々を送っています。まごまごしてたら自分よりも長生きするんじゃまいか?というまさかの孫が喪主になろうかという一抹の不安も持ちながら、しかしこうして健康でいてくれるおかげで今子供たちが巣立とうとする寸前のところまで全力で子育てに向き合ってこれるありがたさを本当に感じています。もちろんこれは義父母も同様で、体調も芳しくないなかでも介護が必要なところまで不調にならずむしろ子供たちのことをいろいろ気にかけてくださっていることに、今年も本当に感謝です。

 ほいで我が濃い女房とは、顧みますと2024年は「あの日あの時あの場所で」時化の時も凪の時も生涯ともに歩むことを誓った1994年からまる30年。また、先日のハロウィンでとうとう26歳(ローカルルール2度目)に。
 亭主のデキが悪いせいか、この頃はクチを開けば悪態をつくことが多くなってきていますが、しかしまずは子供第一で(時に親ばかそのものになってるのも困りますが)日々の生活を支えてくれていること、本当に感謝です。
 また、26歳(ローカルルール)となり、けっこう歳くってきてはいますが、それでもバカ亭主が求め    てやまない「外出時はなりたけその綺麗な脚出して」というヲレの無茶振りにも応えてくれる可愛らしさ、まさに神なる恋女房で間違いありません。
 ならばなら60過ぎても70過ぎても、(ヲレが生きてたら)きっと応えてくれる寛容な気前を、ここからじっくり育てていきたいと思います♪
 今年は多くのハイキング的なところから一歩踏み込んだ、登山とは言いませんがそれに近い部分へと足を延ばすことができました。これもともに健康であって成し得ることであり、あんなに歩くことすら嫌っていた我が女房をここまで持ち上げてこれたヲレの話術に乾杯です♪ 来たる2024年は、もう少し険しい道へと足を進め、火曜サスペンス劇場さながらの一歩間違えたら完全犯罪、というギリを攻めきれるよう、今から周到に準備して臨みたいと思います。

 さて自分事。かねてより問題があった心臓の具合がここにきて結構深刻です。心臓弁幕がきちんと機能しないことは、血液中に含まれる必要な要素を必要な臓器に必要なだけ運ぶことができなくなることであり、「浮腫みが出てくるようなら必要な治療を感がけていかなきゃいけません」と言われた通り体の浮腫みが感じられることから、年明けは循環器内科の受診を受けようかと思います。秋の雨飾山登山の下りで心臓が音を上げながらも無理してペースダウンしなかったツケがここにきて大きく幅を利かせてきてる現状ですが、どうにかだましだまし女房との楽しい山行を続けていけるよう、まずは受診してみてその先を模索してみたいと思います。
 子供たちや女房が今の生活を全力で頑張り楽しんでくれている以上、その当たり前の日々を全力で守らなければならないのは当然なことなので、大袈裟ですが命ある限り家族のために頑張りたいと思います。ハイ。ハイ...

 何はともあれ大晦日。世界ではもちろんですが、国内でも何の落ち度もない方々がなぜか命を落とさなければならない不条理で許される事なき日々が続き、そして繰り返されています。
 また、多くの国民から信を得た、と勘違いした党利党略のみに全精力を費やしている多くの政治家により、国の行く末も不安要素しかない国内情勢がニュースを賑わせている情けないこの年末。

 それでも今日という日は終わり、明日という日が今日になる。
 今年という年が終え、来年という年が今年になる。
 2024年が、いや、2024年こそが、皆様にとって素晴らしく輝かしい日々が多い一年となりますように心から祈りつつ、今日も激しい動悸と闘いながらの暴飲暴食で、新たな年を迎えたいと思います。

2022年12月31日

#1762 総括2022。

 いよいよ年の瀬となりました。またこの一年もブログを更新することなくだーだーと過ごしてしまいましたが、年イチ反省会@ヲレ限定はしっかりしないと。

まずは自分に反省を促す意味でもみづきの野球部振り返りから。
 ヤシの高校生活は新型コロナウィルスのパンデミックから始まり、こうして間もなく卒業を迎える現在もなおその影響を色濃く受けたまま新しい生活へと足を踏み出さなければならない状況です。それでも彼女の高校生活でその中心だった野球部におういては、よき先輩や仲間と共に歩んだ色濃い2年と5か月だったのではないか、と思います。
 最後まで、最後の最後まで公式戦で勝利することはできないチームでしたが、楽しいことも辛いことも受け入れ、受け流して、最後の夏の終わりまで駆け抜けました。

グラウンドに立つ選手と違い、常に表舞台に立つことのないマネージャーとして活動してきたその最後の年。「もっとしっかり観てあげないとね」と女房と話をしました。

 そしてそう思えば思うほど、みづきが入部してからこれまでの間、彼女とその仲間たちのことをあまり観てあげてなかったことを深く後悔したので、そう決意してからは「ただのマネージャーの親」ながらも結構な頻度で練習試合などの観戦に積極的に出かけ、彼女が支えてきたであろう仲間たちの生き生きとした姿を、長男次男の時そうしたように写真に収めるようにしてきました。

 もう一人のマネジャー、なつきと交代で役割を担ってきたベンチでの記録員は、この夏の初戦みづきが当番でした。

「かならずひとつ勝って、なつきをベンチに入れてほしい」という自分の強い願いをもって臨んだその初戦、両チームともに堅い守備を発揮して好ゲームとなり迎えた中盤、大町岳陽に2点タイムリーが飛び出して先制したものの、直後相手の攻撃となったところで雨天による継続試合となり、翌日行われたその試合は再開直後に失点を繰り返し、残念な敗戦となってしまいました。
 皆よく頑張った。なによりこうして野球部として活動する中で彼女が得た多くの喜びとその充実感を頂戴できたことに、心から感謝です。

 それぞれが新しい道に進むため、今その扉をこじ開けるために精一杯の努力をより一層重ねて、春には輝かしい未来へと踏み出せることを願っています。

 ヒナ、マナはそろって高校受験をし、おかげさまで二人とも合格し新たな高校生活を送っています。
 ヒナはヲレらイチ押しの長商に入学し、入学前から志願した通り野球部で拾っていただいて、女子マネージャーとして活動を始めました。兄たちの後輩をはじめ、当時からお世話になった方々、今お世話になっている方々からもよくしていただき、また学業においてもよい先生方やクラスメートとともに素晴らしい高校生活を送らせていただいていることは帰省するたびによく話をしてくれている様子からよくくみ取れます。
 マナは入学後にヒナと一緒での下宿生活を希望していたので、

「部活に所属しないでの下宿生活は許可しない」という大前提の下度の部活に所属するか思案したようですが、

「野球部のマネージャーで頑張ることは、それからの生活で非常に役立つ力をつけさせていただけるよ」というヲレら夫婦の助言をもとに「本気で甲子園を目指してます」という勧誘ポスターに打たれたこともあり無事野球班に入班。優しくも厳しい先輩によき指導をいただきつつ目指すべきステージに立つ仲間たちの姿を思い浮かべながら、暑い日も寒い日もあの急坂をノーアシスト自転車で汗から鼻水から垂らしながらの頑張る日々を送っています。
 どちらも年末年始休暇となり毎日自宅で過ごしていますが、特にヒナは皿洗いや洗濯物の片付けなど、日々よく気付きをもって過ごさせてきた毎日の成果が良く出でいます。まぁマナに至っては(略

 この双子が野球部に入部入班したことで我が家の5人兄妹すべてが高校野球部コンプリートを果たし、県内野球専門誌に取り上げていただけたことをきっかけにテレビ放送でも取材を受け、放送されるなどの出来事があったそのうえで、コロナの影響のため開催されずこの夏3年ぶりに有観客で開催された夏の高校野球選手権長野大会開会式において、みづきとなつきの岳陽女子マネコンビが司会進行をさせていただけるという大舞台をプレゼントいただき、親ばかではありますがとても良い出来で(これ以上ない親ばか)夏の決戦に挑む球児たちのスタートをお手伝いさせていただけました。

 さて、長男裕貴は昨年結婚しともに毎日を歩んでいる良い伴侶との毎日の中で、車掌としての技術を競う社内コンテストにおいて最優秀賞を受賞するなど仕事にも(たぶん)頑張っているようで、この11月からいよいよ運転手として会社や社会に貢献できるよう、現在もJR東日本の研修施設でその技術習得のための毎日を送っているようです。
 高校卒業時、最後のHRで彼が言った「運転手になって、自分が運転する電車にみんなを乗せたいと思います」という初心の夢を叶える日に近づいていることは父としてとても嬉しく
、必ずやその夢が果たされる日が来ることを願っています。
 次男はようやく海保での仕事も慣れてきたようで、無線関係の資格取得後は機上勤務も増え、もっぱら税金で飛ばす飛行機にタダ乗りできるという非常にうらやましい業務についているようですが、それでも日本海側のオカシな国々の不穏なお語気に即対処できるよう、緊張感のある仕事をさせていただいているようで、ある意味感謝ではあります。

 いずれにしても二人ともよく頑張ってくれており、親としては幼き頃に想像したシナリオが非常に杞憂で済んでいることこそ、ここまで育ててくださった皆様に本当に重ねて感謝申し上げるところです。

 母については術後の安定感が半端なく、85とは思えないほどの衰えを知らない好奇心を相変わらず発揮し、毎日のなかでいつも自分にドキドキを与えてくれています。とはいえ高齢。よく転んだりするようにもなり、たまたまそこに角張ったものがなく事なきを得てはいますが、今後は姉たちとも話をしながらちょっと処遇を考えなきゃいけないかなぁ、とも思えるこの頃ですが、本人にその話をすると非常に反発したりもするので、様子を見ながらウマく話を良い方向にもっていければと思います。

 来たる2023年、みづきも予定では大町岳陽を(主席入学からローリングストーンで転がり落ちたことは内緒にしといて)どうにか卒業させていただけるかもしれません。そん後の進路は看護師になるための専門学校を志望し、あんなザマで面接を受けたにもかかわらず(試験管たちの目は節穴だったに違いなく)合格と入学を許可されているので、曾祖母である百枝とおなじ職につけるかどうかの努力の日々を送る予定です。ティーンエイジャーも終了し、社会人としての道を進むために必要な知識と技術を習得するため毎日を無駄にすることなく過ごしてもらいたいと強く願います。

 ヒナマナとも2年生マネージャーとして、先輩から引き継いだ指導を後輩に伝えるとともに、自分の必要とされる役割を指示される前に理解し実行できる力を発揮するために残された1年生での時間を有効に使い、そして夏にはより良い景色が見られるよう、ビミョーな立場からもできる支援をしていきたいと思います。

さて。
 歳を重ねるごとに美しさと引き換えに可愛さを増している我が女房。1992年のお付き合い開始からまる30年を迎えました。

 この間、本当にいろいろとあった。結婚後から15年間、特に子供が増えるにつれ経済的な部分や個人の大切なものやことについての思いなど、嚙み合わないことのほうがはるかに多かったと思いますが、しかし正直な話をするならば、その相違の多くを女房が飲み込んで我慢して、最初の15年間は過ごさせてもらってきました。その後これまでの15年間は互いにぶつかり、遠ざかり、生々しい言葉も吐き出し吐き捨てながら日々を送ってきましたが、「慣れ」というものは恐ろしいもので、あれだけ亭主関白至上主義だった自分が今や「ポチ」との同義語で呼ばれる毎日をおくる日々を平然と受け入れられるようになりました。
 こうしてこれまで子供たちの健やかで安らかな成長をともに願い取り組んできたという互いの愛情と信頼は揺るぐことなく子供たちにも伝わり、日々の頑張りを通してその恩返しをしようという姿を見るにつれこれまでの子育てにたいして一片の曇りもなかったことを実感できる喜びは本当に価値ある私たちの宝です。

 来たる2023年は、裕貴が運転する電車に乗車し、廣やんの勤務地近くに移転するみづきと一緒に家族でおいしい海産物を食べ、アツい夏を迎えるであろう3年生を支える2年生として汗水たらしながら奔走する女子マネ双子を応援し追っかけしてその感動を享受しながら素晴らしい夏を過ごし、また秋にはりちちと一緒にあの激ウマなビーフシチューを食べるためだけに美ヶ原高原へとハイキングに出かけ、あわよくばこれまで同様に健康な母と毎日食事を摂りながらあーでもないこーでもないという、当たり前の日々を過ごさせてもらえるように、明日新年元日は黒川諏訪神社への初詣を皮切りに一年間を過ごしてまいりたいと思います。

 今年も大変お世話になりました。くる年も変わらず私どもにご指導ご鞭撻を賜れますようお願いし、2022年の総括といたします。皆様、良いお年をお迎えください!


 あー?選挙っすか?(笑)

2021年12月31日

#1761 総括2021。

 さらに早いもので...まぁ今年も大晦日を迎えました。ハイ。
ってか、去年はなかなかその気にならず総括したの自体が新年を迎えて半年過ぎた6月末。今年はなんとか大晦日のうちに更新できるかも。という予感。

さて備忘録。2021を総括するにあたり、家族が多い分色々とはありましたが、そうはいっても我が家としてアタマに書くべき2021メインイベントは、我が長男の結婚でしょうか。
去年あたりから職場の松本駅近に借りた貸家でほぼ同棲暮らしをしていた様子でしたが、去年2月に初めて顔を合わせたのち、順調にお互いの思いのベクトルを合わせつつ今年10月の入籍を迎える運びとなりました。
まずは喧嘩をしても寝るときは一緒の布団で眠り、喧嘩もお互いの愛への情熱へと変えられる「ヲレらのような」熱い夫婦を目指して精進してもらいたいと思います。

次男は海自3年→民間に移ったとたんコロナの洗礼→半年で空自、と職歴を重ねてきましたが、秋に採用試験を受けた海上保安庁にどうにか採用していただける運びとなり、12月いっぱいをほぼ有給消化にあてつつ女房に母親孝行の日々を送ってきました。
出勤する女房の遠回りコースに付き添いながらの朝活から、会社でマターリとコーヒーを飲み、悠々自適という自堕落な生活を送ってきたそのツケが爆発しないことを心から願っています。
まぁ、親に心配をかけてきた以上に今親に安心を与えてくれていることにも感謝しながら、某国の領海侵犯に毅然と立ち向かう日本国を土台下で支えられる人材に育つことを願っています。

長女みづきはいよいよ野球部生活もあと1年を切りました。年が明けたらあと7か月。いまだ公式戦での勝ちゲームを経験していないため、ベンチ記録員としてうれし涙を流したこともない日々を過ごしてはきましたが、この夏は少なくとも一つは勝って、ともに尽くしているマネ仲間と互いに良い経験と良い瞬間を共有できる夏になることを願いながら、多くのことを支えていきたい、と思います。

歯切れが悪いのはヒナマナの進学の件。
命を授かったその瞬間からともにほぼ同じ時間を過ごしてきた二人が、高校進学を機にいよいよ違う道へとそれぞれの一歩踏み出そうとしています。
ヒナは「いろいろな人たちとかかわる、接客業に就きたい」という思いを胸に兄たちが学んだ長商へと進学を希望し、マナは「英語を活かした仕事に就くために」と希望をもちつつもう少し偏差値の高い学校を目指して、受験に向けた最後の時間を過ごしています。
まぁ、今の様子を見るに、ともにその高校生活への思いに対して日々の努力が足りないように思えてなりませんので、今後のヤシらの毎日に注視しつつ見守りたいと思います。

母は再三の手術を乗り越えて、ここにきてようやく状況が安定してきました。84にして食欲旺盛、興味津々。これからも”よく言えば”天真爛漫と言えなくもない、テキトーな毎日を一日も永く過ごしてくれること、願ってます。

女房は相変わらず可愛くて、今年はこと時間を作ってはたくさんのところに歩きに行きました。ハイキングから史跡、古墳、そして公園。たくさん歩き、たくさん話し、そしてたくさん笑って時間を共有できました。
行きたいところ、いけなかったところ。まだまだたくさんあるので、来年はもっともっと出掛けて歩きたい。というところですが、ヒナがめでたく長商への入学を決め付けた際は必ずや野球部のジャーマネになるように躾ているので、願いかなったなら6年ぶりに長商の追っかけをすること間違いなく、休日のウォーキングは長商グラウンド近隣となること間違いなく、3年間は我慢の年となりそうです。

さて仕事。新型コロナの影響によるものとはある意味で別ですが、アメリカからの木材が日本に来ないことに端を発したウッドショックによって、国内の木材市況も大きく変化を遂げました。
よく言えばチャンス。しかし私たちのように小規模かつ設備の整っていない事業者においては、これだけのチャンスも活かしきることは大変難しく、米国からの木材輸入がある程度目途が立ちつつある現況の中では今後の明るい展望材料を見つけることも難しいのが実情です。
しかし、確かにこのウッドショックを経て「この地域の木材で」という引き合いがあったのも事実であり、こういったニーズに自分たちができる最大最高の品質での製品提供を精一杯こなしていくことのほかには、私たちが行えることも行うべきこともないのだろうな、と思います。
また、年々高齢化する従業員の方たちとともに、来る年も労働災害は決して起こさないよう細心の注意を払いながら、充実した一年にしていきたいと思います。

自分事。子供たちが成長してくれていることが最高の喜びであり、そして女房が可愛いことが最高の生き甲斐であることに間違いありません。
若いころに無駄に頑張り怪我をしたことで、歳を重ねる中その古傷が痛むことが多くなりました。これからはさらにもっと痛みが増していくことも理解できるので、しっかりと自分と向き合いながら、それでも家族の平穏と幸せを最優先に願い営む日々を繰り返して、次の一年も頑張っていきたいと思います。

今日は未明から夕方まで除雪で出動でした。さっさと寝て、明日の除雪を片付けたら、また黒川神社での初詣を川霧に一年のスタートを切りたいと思います。

新しい年も、我が家族をどうかよろしくお願いいたしますm(__)m

2021年6月30日

#1760 総括2020.

早いもので…ってか放置し過ぎでログインの仕方すら忘れたわ!
  ってことで、いよいよ明日は2021年も下半期に凸入しようかという6月30日。今頃になって2020年を総括しておきまする…

 世界は武漢のウィルス研究所を発生源とするといわれる、いわゆる「武漢ウィルス」の爆発的な感染が発生する中で1年間を乗り越えました。

 ありとあらゆる物事に大きな影響を与え、そして人類のすべてがこれまでのあり方から新しい生活様式による生き方へと変化を求められ、そして生きてきました。

 我が家的には、高校進学にあたり比較的近間の大町岳陽高校へとその進路を決め、合格し、入学を果たしはしましたが、感染拡大に伴う予防対策の一環として国が求める休校措置により、高校生活は1か月以上も遅れてのスタートとなりました。
 それでもスタートを切ることができたのはうれしいことで、部活動は私たち夫婦の希望を汲み野球部のマネージャーとしての活動を選択してくれました。
 日々仲間たちに尽くし、そして仲間たちとともに歩む中で「人のために費やす時間」の大切さに気付くのはたぶんまだ時間がかかるかと思いますが、必ずや高校生活を振り返ったときにその時間の輝きに気付いてくれるだろうことを願いながら、日々お弁当を作りみづきを支援していきたいと思います。

 双子は中学2年生になり、学校行事の大きなものとしては唐松岳への登山がありますが、これも武漢ウィルスの影響を色濃く受け、中止となってしまいました。これにて1学年時の雨飾山キャンプ場でのキャンプが悪天候により中止になったのに加えて2年連続の大型行事中止になったうえ、例年秋に行われていた小谷中2年生による台湾交流研修も、当然中止となりました。
 そうはいってもまだまだ子供の領域の中で、これらの結果を受け入れるには乗り越えなければならない気持ちの面も大きかったと思いますが、ここは甘んじて受け入れ、この局面を振り返ったときに「これも経験として大きな糧になった」と思える人生を歩み続けてほしいと願っています。

 次男の廣やんは年末に決めた自分の道を歩むための日々を送り、3月末には海上自衛隊を退役して民間企業に転職しました。
 が、羽田での空港業務に就きながら将来を見据えての経験を積み、目指す職種に向かって進むという彼の予定もまた、武漢ウィルスの蔓延により思わぬ方向へと転がってしまいました。
 就職した企業が展開する関連事業である警備関連の部署に回され、日々の仕事に困ることはないもののそれまで描いていた未来には、遠回りしてもその道でたどり着けるかどうかすら雲行きが怪しい状況の中で、自分が選択した道の正誤に悩みながら3か月ほどは苦悩の日々を過ごしてきました。
 帰省した際にも思い悩むその様子を見かねた女房が「もう一度自衛隊に戻るっていう道もあるんじゃないの?」と提案したところ、すぐさま上京して採用試験の申し込みとその準備に取り掛かり、試験合格を経て8月末に航空自衛隊に入隊することができました。
 山口県にある基地での教育隊を終え、福岡県の基地へと着任して再び航空管制官への道を進むべく精進しているところです。

 長男裕貴は年が明け2月の中頃 「結婚を前提にお付き合いさせていただいている」という彼女を連れてあいさつに来ました。
 彼もまた武漢ウィルスの影響をまともに受け、会社の業績が大きく下がるという真っただ中にありながら、それでも石にかじりつきその道を進んでいく覚悟を決めているようで、一昔前なら業績の良い大企業でさぞかし彼女も安心して付き合っていられただろうことを思えば、このような状態でも息子と結婚を前提とした付き合いをしてくださっていることに安どするとともに、日々神経をすり減らしながら業務に当たっている裕貴の私生活に潤いと安らぎ、そして癒しを与えてくれていることに心から感謝です。

 母はいよいよ83歳になりはしたものの、術後の経過も悪くなく、ウィルスの影響により制約を受けている以外は良い状態で春を迎えることができたと思っていたのもつかの間、なんとなく姉と一緒に受けた大腸がん検診でその再発の兆候が見つかったことで精密検査を受けたところ、確かにがん細胞が腸で再び活発に活動しているのが見つかり、摘出のための手術を受けることになりました。
 が、院内感染予防のための徹底した対策により、家族との面会は完全にシャットアウトされたなかでの長期入院は、体の負担よりも精神的な負担が非常に大きく、退院のスケジュールは当初予定されていた日程を大きく超えて秋も深まるころまでかかってしまいました。  隊員と同時に始める予定だった放射線治療も血液検査の結果が思わしくなく、なかなか進めることができずにより母の精神を苦しめ、肉体的な回復も遅らせる結果となってしまいましたが、生来の粘り強さでもうひと頑張り。ここから始まる新しい毎日を楽しんでほしいと思います。

 女房は30歳からまた一つ若返り、ますますかわいい盛りになってまいりました。武漢ウィルスによる新しい施活用式に合わせるように、自分の家事の時間は圧倒的に増えてきたその見返りは、キッチンから見る「夕食マダー?」」の女房の笑顔。
 自分と付き合うようになってから始めたお酒もいよいよ板にのり、お通しからいくつかのおつまみを出すごと「おいしー!」と言ってくれるそのかわいい笑顔が、明日生きていくためのモチベーションになってきています。

 仕事は相変わらず厳しい中にありますが、秋口から冬の入りまでは縁のある方たちからやりがいのある仕事を頂きながら、どうにか会社として繋ぎ繋ぎにこなしつつ、安全な中でいただいた仕事を完工することができました。  急に入った仕事であり、長期にわたり家を空けることにもなりましたが、その間家を守ってくれた女房と、父のいない日々でも何の変りもなく(泣)過ごし続けてくれた娘たちに感謝です。
 この年、1994年以降から初めて、女房と一緒に迎えることができない女房の誕生日を過ごしました。
 その大切な日を別々に迎えたことは非常に残念でしたが、でもその別々の日を過ごしたからこそ、その日の大切さを痛感し、これからはたとえ仕事にあろうとも女房の誕生日だけは一緒に過ごしたい、そう強く思いました。

 年が明け半年。もうすでにいろいろなことが大きく動いていますが、まずは2020の総括。そしてそれ以降の日々の中で大切に過ごすことができなかった時間を反省しつつ、残りの半年をこれまで以上に大切に過ごすことを肝に銘じながら、ブログの再開と頻繁な後進に努めてまいりたい決意を新たに記しておきます。

2020年7月14日

#1759 いよいよ県大会っ!

ってな訳でして、我が大町岳陽高校はじめとする(意味不)長野県中信地区に所属する総ての高校球児が、とうとう今週末にその集大成となる今年度の夏大を迎えます。


 小さな不安と、そして大きな期待を胸に我々保護者はその日を迎える訳ですが、前哨戦となる最後の練習試合が先週末の日曜日に名門丸子修学館にて行われましたので、夫婦してノコノコと出かけてまいりました。

 うん。悪くない。

 もちろん手放しで喜べる結果ではありませんでしたし、相手となる丸子修学館が良い状態とも思えませんでしたが、それでも1試合目を感染させて頂いたなかで受けた印象は、悪くありませんでした。

 あとはこの一週間で、これまで見えた自分たちの課題に、どれだけ真摯に取り組むことができるかどうか。

 それでも、自分たちは期待しています。

 最良のゲームを。

 最良の仲間たちと、最良の青春を。

 そう願ってやみません。

 大町岳陽高校よ、目指せ頂点。

2020年6月30日

#1758 廣やん、Happy 22nd Birthday!

って事で本日雨天。

 昨日6月29日は、我が廣やんがこの世に生を受けて目出度く22年目となる誕生日でした。

 ヤシが帰って来る度に伝えてはいますが、ホントある意味「虐待」とも取られかねない(否、近所の方々はそう思いきってた)ヲレの厳しい子育てを生き抜き、なおかつその厳しい日々の中でもヲレのヤシに対するまっすぐな成長を願う気持ちのみをキチンと汲取って大人へと育ってくれたその生きざまに、親としては感謝しかありません。
 ヤシの公式戦よりも兄貴の練習試合を優先して送り出した事は、今でもこれからも後悔しかありませんが、それでも先日帰宅した際には、
「今が幸せだから何でもないよ」
と言ってくれたこと。本当に申し訳なく思うとともに、これからのヤシの人生を全力で応援することで少しでも取り戻したいという気持ちを新たにしたところです。

で。
でで。
でで電車(意味不)
たまーに恒例、ヤシ誕生日のビデオお祝いメッセをお年頃になった三姉妹が残念な感じでやっつけてくれたのでアゲます。

ホント、残念ですよね!

2020年6月27日

#1757 女子マネデビュー決めたった!

ってな訳で本日大安。
かねてより(ヲレら夫婦はガッツり)お待ちかねの、我が大町岳陽高校野球部の練習試合が岳陽高校ホームにて開催されましたのでアゲます。
ったって、写真は今時のご時世、
「やれ肖像権がナンチャラ」
「やれヲマイのテクがないから息子がうまく映ってないとかなんとか」
というバッシングを危惧して特に載っけませんが、とにかくほぼ4年ぶりの高校野球練習試合観戦、
楽しかったんジャ(# ゚Д゚)ゴルァ!!!
ま、そういう訳で明日も練習試合@田川高校。
本日の試合、一緒に観戦した長男曰く
「※☆◆◎%$※##▼△□○※×★◇○○※!」

ってな様子でしたので正直非常につかれました。よって明日の試合@松本田川に行く予定は立てていなかったのですが、今日の部活から帰って来たぺっぺぺ、
「ねぇ、明日も観戦に来る?」
んんーな事言われたら、行くしかネェだろ♪
なんで、朝糸魚川のお得意様に例年通りの薪6パレットを配送した後、急遽向かうことといたします♪
「アンタも好きネェ♪」ハイっ!