※取扱い説明書※


以下のコンテンツをよく読み、なまら用法用量を守ることを誓ってから本文にお進みくださいゴルァ(#゚皿゚)凸

① お蔭様をもちまして我が次男もCHOSHO野球部を引退できましたので、今後は我が家族の備忘録のみとなりそうなオカーソです。

② が、相変わらずCHOSHOでガンガった仲間たちとのこれまでの軌跡は削除しませんので、それらの記事に対して何かしら問題を感じた場合(例:「アタシの取り扱いが小さい」「ヲマイらボケナス杉」「そもそも美化しすぎ」等)におきましては、
  その文責はすべて管理者の西澤盛人にありますので、
  もしかしたら実在する登場人物やその関係者に直接問い合わせることはご遠慮ください。

追記:我が愛すべき長女が、大町岳陽高校の野球部に入部いたしました。

「祝」

という事で今後は我が大町岳陽高校野球部の応援を主にやっていくものとなるかと思います。

  苦情や質問などはすべて管理者が対応いたします。
   fivechilds☆gmail.com
  上記のアドレスまでE-mailでお送りください。


◆管理者プロフィール

氏名:西澤盛人(ニシザワモリト)
住所:緑と雪と温泉のふるさと、小谷村
年齢:52歳(R2年6月11日現在)
職業:もう完全に代表して取締られ役ケテー
バディ:身長178.6㎝(不変) 体重75㎏
家族:右欄「Crew that both I and fate」を参照
特技:子作り 凸(封印)
趣味:子育て 凹(現役)

2024年12月31日

#1764 総括2024。

 今年も残すところあとわずか数時間となりました。そしてまた、今年もこの一年を総括する日がやってきました。

この一年は誰しもにとって「自分」「家族」「地域」「国民」そして「全世界の人」たちにとって大きな波が押し寄せた年だったのではないでしょうか。
多くの事件や事故、そして自然災害がおこり、思いもよらなかった事が身近な人に様々な変化をもたらしました。
勿論、自分にとってもこの一年を表す漢字として選んだのは「変」。本当に色々な変化がありました。

まずは新年が明けてすぐ、元旦に起こった能登半島地震では、まさに一年前の今日だった大晦日に帰省してきた次男は、その報を受け急遽新潟の基地に帰新し、翌1月2日には海保入庁後共に訓練を積んだ同期が乗員していた同期の職員が羽田空港での民間機との衝突事故により命を落としました。
約一年の時を経て先日、この事故における原因が解明されましたが、ダブルチェック、トリプルチェックが緊急時での出動で本来の機能を失い、貴重な命が失われたことに「誰かのせい」ではなかったにしろ、職員の親としてはやるせない気持ちに苛まれたのもまた事実です。
時期を同じくして昨年末より不調をきたしていた自分の心臓もまた、自身の気合で乗り越えられる限界を超え、年明けからはとうとう睡眠することも儘ならなくなったためお世話になっている病院が一般診療を開始した1月5日に受診してすぐさま長野中央病院への紹介状を戴いて、4月5日にはカテーテルによる手術となりました。実績の多い病院での、一日に4名もの患者が受ける手術ではまさに流れ作業(語弊あり)によってどんどんと流れて、非常に苦しくもなんとか乗り切ることができ、その後は順調な日々を送っています。
その間、冬の間は普通に除雪作業にも従事させていただきながらも、1月24日には久しぶりに来日したビリージョエルの東京ドームワンナイトライブにも、友人にチケットを手配してもらうことができて、今振り返ると素晴らしい最初の4半期を送ることができました。

4月になると、いよいよ末の双子は高校最終学年。将来の進路も視野に入れつつ、これまで活動してきた野球部・野球班での集大成となる夏を迎えました。
両親の心配もよそにそれぞれが精一杯の高校生活、部活班活を過ごしての最後の夏は、どちらも目指す甲子園出場とはなりませんでしたが、部員班員の練習を土台の舌で支える日々を最後まで親として見守ることもでき、そして私たちの子供総てが高校野球部員班員としてその活動をやり切れた事は、至らない両親にしてみるととても感慨深く、関わってくださった総ての皆様に心から感謝です。
また、その間6月末には新潟三条で看護師としての学びを続けるみづきが、その道を生涯学び歩む決意を表す継燈式に臨むなどもありました。

双子は夏を終えたと同時にこれまで2年と4か月お世話になった下宿を引き揚げ、普通のJKとして家からの通学が始まりました。それまでは週末と祭日のみお弁当を持参しての長野行脚でしたが、平日毎日お弁当を作るためにそれまでの午前4時起きから午前3時半起きに目覚ましを変更して、残された通学弁当持参の日々を12月末まで楽しませてもらうこともできました。

10月半ばには長男に待望の第一子となる女児が誕生。嫁方のお父さんによく似た可愛らしい顔立ち。また健康上も今のところ大きな問題もなく、今はあちらの家にお世話になりながら長男もできる支えを全力でしているようで、これからの子育て親育ちの日々をしっかりと楽しんでもらえたら、親としても申し分ない喜びです。
また、父が45年ほど前に自身が松本の病院に通院するための拠点を建設するために知り合い筋からご厚意で譲っていただいた松本市の土地を、姉2人に理解いただいて自分が相続させてもらい、長男夫婦の家づくりも始めました。他の現場を抱える中でワンオペでの工事が続きましたが、人手不足により心配された大工工事を請け負ってくれる大工さんも知り合い筋から工事してくれる大工さんが上手く見つかり、くれも近づく25日には建て方を行うことができました。屋根の防水も施工し、安心して年末年始を過ごすことができていることにも、関わってくれた多くの関係者の皆様に感謝です。
そして、進学は経済的に無理だと伝えていた双子もそれぞれどうにか就職先が決まりました。ヒナはそのきっちりした性格をまんべんなく活かせることができるかもしれない「長野県警察」に警察官として採用が決まり、マナは県職員の採用試験をスベったうえでの、村職員への採用に内定を戴くことができました。
まずはどちらも「公僕」としての自覚をもって、しっかりと経験を積んで県民、村民のために役立てる人材になれるよう、日々研鑽を積み少しづつ前に進んでいってもらえたらと思います。

 何事も上手くいかない日々。それは家庭でも地域でも、そして自信を取り巻く社会でも同様のことが言えますが、しかしこうして毎日祈り願うことしかできない日々を重ねながら、来たる新しい年も家族が健康で健やかで、そして泣く日々よりも少しだけ笑える日々が多く泣くことを願いながら、皆様の平安と日本、そして世界の安寧を願いつつ、髭もそらないまま新しい年を迎える準備を整え、今夜は最高においしい酒を飲みながら愛するリチとともにいつものようにくる年を迎える前に一つの布団でともに年を越したいと思います。

 自身にとっては変化の多かった今年一年、ありがとうございました。そして子育てが終わり背負った荷物を少しだけ軽くしてより行動的になるはずの私たち夫婦に、変わらぬご指導とご鞭撻を戴けますよう願い、今年の総括といたします。