※取扱い説明書※


以下のコンテンツをよく読み、なまら用法用量を守ることを誓ってから本文にお進みくださいゴルァ(#゚皿゚)凸

① お蔭様をもちまして我が次男もCHOSHO野球部を引退できましたので、今後は我が家族の備忘録のみとなりそうなオカーソです。

② が、相変わらずCHOSHOでガンガった仲間たちとのこれまでの軌跡は削除しませんので、それらの記事に対して何かしら問題を感じた場合(例:「アタシの取り扱いが小さい」「ヲマイらボケナス杉」「そもそも美化しすぎ」等)におきましては、
  その文責はすべて管理者の西澤盛人にありますので、
  もしかしたら実在する登場人物やその関係者に直接問い合わせることはご遠慮ください。

追記:我が愛すべき長女が、大町岳陽高校の野球部に入部いたしました。

「祝」

という事で今後は我が大町岳陽高校野球部の応援を主にやっていくものとなるかと思います。

  苦情や質問などはすべて管理者が対応いたします。
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◆管理者プロフィール

氏名:西澤盛人(ニシザワモリト)
住所:緑と雪と温泉のふるさと、小谷村
年齢:52歳(R2年6月11日現在)
職業:もう完全に代表して取締られ役ケテー
バディ:身長178.6㎝(不変) 体重75㎏
家族:右欄「Crew that both I and fate」を参照
特技:子作り 凸(封印)
趣味:子育て 凹(現役)

2010年2月23日

#0124 目指すべきものを達成すること

 私の大好きなスキーヤー、アメリカのボディ・ミラーについて、私の知人で建築家、一度だけ仕事もさせていただいたことがある方のブログに書かれていました。
 先を越された!と思いましたが後追いで私の気持ちも書き認めておきます。

 私が好きなのは彼の自由奔放なスタイルでもその才能でもなく、彼のスキーが描くラインです。
 もちろん、そのラインを生み出すものは、常識という既成概念に捕われることない自由さ、異常なまでの下半身のしなやかさや才能であることは明らかですが、でも結果として生まれる、ゲート内で彼が操る2本のスキー板が生み出すそのライン。他の選手にはないラインが、とても好きです。

 最初に彼の滑りを見たのは長野オリンピックでした。しかも天候不順により競技の放送が変更になって、本来見たかったスノーボードGSの競技にかわって放映された映像のビデオ録画でした。
 当時はまだカーヴィング革命は初期段階で、オリンピックといえどもスラロームでカーヴしている選手はほとんどいませんでした。仕方なく見始めた、目的とは違ったそのビデオでしたが、私は彼のすべりに目が釘付けになりました。
 彼にとって初めてのオリンピック、そのSL競技において、彼のスキーはスノーボードのそれと同じようにカーヴィングしながらゲートを回り、フォールラインを横切りながら最も速いタイムでゴールすることを目指して滑り落ちていました。
 右に左にと大きく動き続ける下半身に対して上半身は低くその制御をすることに精一杯で、時にはゲート脇を大きく外れて回り込むこともありましたが、タイムロスをしながらも彼は一本目を終わりました。
 1本目のリザルトは22位。上位15人によるフリップが終わってほぼ最終順位が決定したその後に迎えた彼の2本目。結果は途中でDNFとなってしまいましたが、しかし1本目で見せたそのすべりと同様に、彼のスキーはカーヴィングを続けてゴールを目指していたのです。

 その数年後のシーズンにはワールドカップで戦う選手のほとんどが、彼同様にスキーをカーヴさせて滑るスタイルになり、そして彼は長野の4年後のソルトレークで、2個の銀メダルに輝きました。
 それ以後の活躍はご存知の通り、ワールドカップ・トロフィーの数は知れず。しかしトリノではその果敢なカーヴィングスタイルによる攻撃的な滑りが何かひとつ歯車がかみ合っていない感じで、タイトルを逃してしまいました。

 32歳となった今年の彼は、ナショナルチームに復帰してオリンピックの舞台に帰ってきました。スタイルはそのままに、しかしアタック限界点の見極め荷も経験を積むことによりオブラートをかけることなくまさに技術に磨きをかけて。
 彼にまだなかった、ゴールドメダルを取るために、彼は滑降で銅メダルを取るとSGで銀メダルを取り、そしてとうとう、このオリンピックから取り入れられた新しい複合種目、スーパー複合で悲願の金メダルを獲得しました。

 とても遅咲きとはいえません。早くから才能を開花させ、誰にも出来なかったことを彼のスタイルとして彼の自然体でやって見せてきました。
 あの、長野オリンピックで見せた彼の荒削りな滑りに私が感じた彼の輝かしい未来は、私にとっては結構時間が掛かってやってきました。が、それでも彼はまだまだやり残したこと、目指すべきものがこの先たくさん待っているのかもしれません。

 ヘルマン・マイヤーが大怪我から復帰してメダリストであり続け、37歳を持ってしてもまだワールドカップで優勝したように、いや、それ以上にミラーのラインには大きな可能性を感じるのです。
私も彼のように、深くシャープなカーヴィング・ラインを刻み続けよう、とまたバーナーに乗るのです(笑)。

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